正栄汽船株式会社  
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正栄汽船の歴史
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正栄汽船誕生、内航船から世界の海へ
 
正栄汽船は、船舶貸渡業として1962年2月に設立され、同年5月に、第1番船となる「正栄丸(869G/T=内航船/今治造船建造)」を所有し、所謂オーナー業としてその一歩を踏み出しました。ところが、昭和30年代後半は海運業への新規参入が増え小型タンカーや貨物船等の内航船は供給過剰の状態であり、更に、外航船に於いても国際競争力が落ち込み、運賃が下落するなど、海運業は不振を極めていました。

政府はこうした状況を打破しようと、諸々の対策・政策を打ち出しました。その政策の1つである、所謂「内航二法」の実施下で、新しく内航船を造る場合は今まで所持していた運航船のスクラップが義務付けられることとなり、これに嫌気した船主の多くはより規制の少ない近海船への転身をはかり、正栄汽船も1964年に正和丸(2,505G/T)、1966年6月に正島丸(2,975G/T = 近海船)、1967年11月に正伸丸(2,984G/T)などを建造して時流に乗り、この危機を脱しました。 しかし、時を経るにつれて近海船も次第に船腹過剰となり、さらに1972年の全日本海員組合による長期ストライキに端を発する船員費の高騰などと相まって、内航船と同じように利益率の下落が余儀なくなりました。政府はこれらの問題を解決することを目的に共同係船などの諸政策をとったため、海運各社と同じく正栄汽船も市場効率が高く且つより市場規模の大きい遠洋船への参入を考え始めます。そして、1971年10月の丸亀丸(4,993G/T=遠洋船)を皮切りに次々と遠洋船を建造し、世界の海へと進出したのです。
第1船「正栄丸」
第1船「正栄丸」
遠洋船第1船「丸亀丸」
遠洋船第1船「丸亀丸」
  
日本の高度経済成長とともに
 
自動車専用運搬船第1船「あめりかんはいうぇい」
自動車専用運搬船第1船
「あめりかんはいうぇい」
その後の正栄汽船は、発展を続ける日本産業界の海運へのニーズに呼応し、保有船舶とその船種を増やしてゆきます。自動車産業の発展に呼応して「自動車専用運搬船(PCC)」が造船所で開発されると、1973年にはPCC第1番船”あめりかん はいうえい”(5,000台積み)を保有、自動車産業を底支えする役割の一端を担います。また、コンテナ物流の効率性を目の当たりにし、世界中の港でコンテナ岸壁等のインフラ整備が急速に進んだことにより、コンテナ運搬船の普及・大型化が加速すると、正栄汽船も1985年当時としては大型の2,000個積みコンテナ運搬船を所有船舶に加えました。また、1985年のプラザ合意以降の急速な円高の影響をもろに受け、苦しい経営環境にあっても正栄汽船は10万トン級タンカー・冷凍船・チップ船など諸々の船種の船舶を積極果敢に保有してきました。
 
「我々が持てるような船ではない」・・・愛媛船首として高値の華であったCAPE、そしてLNG船
 
その後正栄汽船は、取引においても国内にとどまらず、海外のオペレーターとも積極的な取引を展開します。また、2000年当時まだまだ高嶺の華であったケープサイズバルカーとして”CAPE HOPE”(170,000DWT)を、2002年には6,350個積み大型コンテナ運搬船を、更に、2008年3月には最新鋭の液化天然ガス運搬船(LNG船/竣工時点で世界最大船型)を保有するに至り、国内外約30社のオペレーターと多種多様の取引関係を持つ、我が国屈指のオーナー会社として発展を続けています。
 
ケープサイズばら積み運搬船第1船「CAPE HOPE」
ケープサイズばら積み運搬船第1船
「CAPE HOPE」
 
LNG船第1船「TRINITY ARROW」
LNG船第1船「TRINITY ARROW」
 
SHOEI KISEN KAISHA,LTD.